日本サッカーとワールドカップ

日本サッカーとワールドカップ

アジアの最終予選を勝ち抜いて(紆余曲折ここでもありましたが割愛)、ジョホールバルで最後の最後にイランとの死闘の結果、フランス大会への出場権を延長戦のゴールデンゴールで獲得したのでした。ほんの一瞬の気の緩みが、サッカーでは大きな夢を打ち砕くという事を思い知らされたのデス。

出場してしまえばそんなものか、ですが、悲劇と苦闘のそこに至るまでの道のりは歴史だったのです。1994年のアメリカワールドカップアジアで最終予選が今回こそは。

知らない人にはこれだけ聞くと「?」ですけど、長く壮絶な戦いの記録(記憶)が関係者にとってはよみがえる事でしょう。すこし興味ある方はおつき合い下さい。

みんなそれまでは実業団所属で、アマチュア選手だったのです。ワールドカップ出場をことごとく日本は逃してきました。

(ハイスペックのPCをジャングルの原住民が操るみたいなもの)だからワールドカップに日本が出場をする、なんていうことは夢だとサッカー選手ですらおもっていたのです。まだ日本では当然野球人気ですし、1993年のプロサッカーのJリーグが発足をしたのはことです。

こぞってテレビやメディアがお祭り騒ぎをしていたのでご存知の方もわんさでしょう。これがかの有名な「ドーハの悲劇」です。

そもそもサッカーを日本人がやるなんて、南米とかヨーロッパの人から見ればジョークでしかなかったのです。ワールドカップ本戦に日本が最初に出場できたのは1998年のフランスワールドカップです。

「あと数分経てばワールドカップに出場だ。」とサッカーファンの大半は(あるいは選手も)おもってました。

くわしく書くとサイトの容量がオーバー(笑)してしまいますので、簡潔に未経験者用に解説をしてみます。ロスタイム(前後半あわせた90分は過ぎ、オマケみたいな2〜3分の時間)に日本は失点し、本戦出場を逃します。

と思った時デス。ワールドカップと日本サッカー。